学生のワーホリ

帰国後の就活で面接官から驚かれました。

東 夏海 / 23才 /学生
福岡の大学生。帰国後に語れるエピソードを両手では持ち切れないくらい持って帰ってきました。面接官を何度も驚かせた私の体験談がこちらです。

現地のお店(ローカル)で働きたかったけど、まずは日本食レストランへ

私の場合、シドニー着いて一か月後に仕事探しを始め、一か月半後にRSA(Responsible Service of Alcohol)を取りに行きました。本当は最初からローカルレストランで働きたかったのですが、現実的に金銭的に危機であること、自分に十分な英語力がなかったことから一時的と思い日本食レストランを探しました。日本食レストランはある程度の英語力があれば合格するので、一週間ほどでサイトで見つけたレストランに決まりました。私が働いたレストランでは、ほとんど日本人で数人タイ人、ブラジル人、韓国人がいました。キッチン内で日本人と話す時はほとんど日本語で、ホールでお客様と話す時はほとんど英語でした。ちなみに、時給は$15(当時オーストラリアの最最低賃金は$17)でした。

最初は良かったものの、、

バイトの同僚や先輩は良い方ばかりで、この海外で初めて働いたレストランで基本的な接客方法を教わりました。また、シドニーに住んで長い方や、違うビザで滞在されている方もいたので、話していてすごく勉強になりました。大変だったことは、社員さんがすごく厳しい方で、柔軟な方でなかったこと(これも原因の一つで後に辞めちゃいました…)、2か月間敬語とか上下関係なんてなかった生活だったので、THE日本という世界にすごく気を使ってしまったことです。 なんだかんだ大変な思いをした方が多かったジャパレスですが、経験が重視される次のローカルレストラン探しでは、ここで働いた経験が活きてきたので、働いてよかったです。

銀行の残高が$10になり、リンゴ生活が始まる

12月頭、自分の残りの残金が$10になってしまい、三食リンゴ生活をしていました(リンゴは1キロ200円程度で一番安かったんです)。これは仕事を探すしかないと思い、またジャパレスのダブルワークは嫌だと思い、ローカルレストランを死ぬ気で探すことを決意・覚悟しました。日本食レストランをゲットするのとローカルレストランをゲットすることの難しさは天と地の差があります。ローカルレストランをゲットするには、まずレジュメをパスし、その後ジョブインタビュー(面接)、トライアル(実践テスト)をパスしたら合格です。もちろん全て英語です。レジュメは自分で一から作ります。私は友達やネットに乗っているテンプレートを参考にしながら作りました。ジョブインタビューは、レジュメを配ったときにその場で行われることが多いです。トライアルは、さすがは実力主義の国、いきなりホールにポンと入れられて、テーブル番号を教えてもらったら後は「やってみて」です。自分のセクションを任せられることもあります。仕事をゲットするのは日本に比べてとてもとても長い道のりです。

100枚数以上を履歴書送るが、実を結ばなかった

まず、日本食レストランと同じようにサイトで調べてみて、メールにレジュメを添付して送りましたが、100件送って帰ってくるのは5件ほど。さらにそれに返信すると帰ってくるものなんてありません。それに、カフェ文化の根付いているオーストラリアでは、募集中の飲食店の半分以上はカフェなので、レストランを探すだけでも苦労です。私のレジュメには目を引くような英語力もなければ、経験もありません。こんなレジュメで勝負できないと思った私は、直接レジュメを配って回り、私の取柄であるパッションをマネージャーに見せないとと思い、思いつく限りの場所を配って回りました。電車でもなんでも足を運べる範囲の場所は全て生きました。

「No」と言われることの辛さ

正直、仕事探し期間はすごく病んでて、返事が来るか分からない相手にレジュメを送り続けること、自分の能力がなくて「No」と言われること、自分の勇気が出ないこと、最後の一歩が出ないこと。自分の弱さ、小ささを痛感したし、図太さや図々しさが本当に必要だと感じました。何度も諦めようと思ったし、自分みたいな人間特別でも何の能力ないことも思い知ったし、現実は甘くないことを身をもって感じました。そんな時、学校ですごく尊敬していて、もうすでにローカルレストランで働いている友達が一緒にレジュメ配りについてきてくれました。しかも、毎回レストランに配り終える度にアドバイスをくれ、仕事探しの期間ずっと気にかけてくれて、本当に助けられました。   

いっぱい泣いた。でもその分、成長した。

私と友達はDarling HarborからBarangarooに向けてすべての店舗にレジュメを配りました。なかなかトライアルがゲットできないまま、レストランはいくつか残っているのに手持ちのレジュメが残り1枚になりました。私はここで自分の成長を少し実感しました。というのも、一か月半前に一つ目の仕事を探すために初めてのレジュメ配りを一人でしたとき、一時間も二時間もレジュメ片手に回ったのに一枚も渡せませんでした。それは、受け取ってくれなかったのではなく、店員さんに声をかける勇気がなかったからで、一枚も減らなかったレジュメの束を片手に情けなく、つらく、虚しくなって、目から涙が溢れWorld Squareと呼ばれるショッピングモールの地下で友達に電話をしながらわんわん泣いていました。自分でもなぜ渡せなかったのか分からず、おそらく話しかける勇気がない、勝手に自己否定してしまっていたのだと思います。ですので、20枚以上のレジュメを自分一人の力で渡し終えそうだったあの時は、小さな成長を感じました。

最後の1枚の履歴書

最後の一枚になったとき、友だちに「夏海の好きなとこ渡してきな」って言われ、適当な勘で渡しに行ったところがこの「Love.fish」です。レストランに入ると東南アジア系の男性スタッフがいたので、レジュメを渡すと、ビザの種類や機関、経験、RSAなどのジョブインタビューがあり、「じゃあ次の金曜日トライアルね」とその場でトライアルをゲットしました。私はうれしさのあまり頭が真っ白になり、泣きそうでした。

緊張のトライアル

トライアル当日、人生でこんなにも緊張したことがあるかというぐらい緊張しました。着いたらロッカーの案内の次には席ナンバーを覚える。その日はランナーというひたすら料理やドリンクをお客さんには運ぶポジションをしました。トライアルは2.3時間だったと思いますが、緊張しすぎてほとんどなにも覚えてません(笑)とにかく今あるすべてのパワーと英語を駆使して全力を尽くしました。 そしてトライアルが終わって5日後、2.3日で結果を連絡すると言われていたのですが、連絡が来ず心配だったので連絡をしました。「あなたにお願いしたい」という返事を見たときには、嬉しさのあまり泣きそうでした。

頑張った。めちゃくちゃ頑張ったその先には、、

実は、シドニーに来て三回目のじゅんこさんとの打ち合わせがDarling Harborという観光地にあるカフェでした。そこでじゅんこさんに「ここで働いている人もみんなワーホリなのよ。こういうとこでワーホリでも働けるんだからね。」と言われ、すごく驚いた私はいつか絶対こんなところで働いてやると心に決めていました。このレストランのBarangarooというDarling Harborと同じ並びにあるのでとても嬉しかったです。神様は見てくれているんだと思いました。

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